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レストランのホール、新聞配達、家庭教師、引っ越し屋さん. 母からのお小遣いやお年玉をやりくりしてほしいものを買っていた子供は、働くことを覚え、自らの労働を対価に"お給料"という通貨を手に入れ、今までお小遣いをくれていた母へ初任給でおいしいものを食べさせてあげたりする大人になるようです.

 

わたしがはじめて初任給を頂いたアルバイト、というのは区立図書館の事務でした.

 

青いエプロンに名札をつけて受付カウンターに座り、本の返却や貸出業務をしたり、返却された本たちを棚に戻したり、というのがわたしの主な仕事でした.

返却された本たちを棚に戻しながら"こんな本もあるのだなあ"だとか"今ちびっこ達の間ではこの本がよく読まれているんだなあ"と、仕事の合間に本を通して人について考えていたものです.

接客業といわれる仕事に就いたことがある人ならば、業務をこなす上で何度も顔を合わせることがあれば、自然と顔を見ただけで"○○さんだ"とわかる(いわゆる常連さんのようなものでしょうか)ようになるのではないでしょうか.

 

もちろんわたしの図書館にも"常連さん"がいて、もう何年も前のことなのですがはっきりと覚えている方がいたりします.

 

閉館の午後八時半のちょうど一時間前にやってきて、"返却です"と短く手渡されるのは難しそうな理数系の本ばかり. 雑誌はもっぱらNewtonで、借りて帰る本たちも必ず小難しそうな本. (服装は少し記憶がおぼろげなのですが)チェックのYシャツにパンツか、少しだけ明るいグレーのちょっと着古したスーツ. さらにめがね好きのわたしの記憶に一番強く根付いているのは、大きな黒縁フレームのめがねをかけていること.

当時の私はその午後七時半にやってくる常連さんをひとり"ニュートンさん"と呼んでいました. (もちろん貸出カードを受け取るので、名前を知っていたと思うのですが難しい名前だった記憶があります)

毎週必ず来館して貸出上限二十冊ぴったり借りていくので、ニュートンさんが来館しない週があると"風邪でもひいたのかな"といらぬ心配をしたこともあったり. (相手はそんないらぬ心配をされているとは思わないのでしょうが)

このアルバイトを辞めてから年数が経ちますが、今も変わらずニュートンさんはあの図書館に毎週七時半に本を返却しに来館しているかどうか、それを知る術はありません.

 

母と初任給でお寿司を食べにいったあの日、今日もお仕事お疲れ様でしたとお酒を買ったあの日. 社会という池に飛び込んだ蛙は、その池の狭さに慣れて池の外の世界へ冒険にでる勇気を置き忘れてしまうのでしょうか.