27: "海と果実と"

f:id:zio_ep:20201010220046j:plain香坂優美子と月島カンナ

入江耕作と佐野朝美

榊晃司と水野紘子

結城櫂と萩尾沙絵

 

この名前たちで「あ、」と思った人はきっと同じ物語をブラウン管から眺めたことがあるのだろう. 脚本家を知らないまま一話目をみて、二話目をみて続きが気になって仕方なくなると、もしかして...と思いはじめるのだ. エンドロールで確認するとやはり"脚本 北川悦吏子"という文字が字幕に流れている. そう、もしかしてと思うといつもそこにその名前があって、してやられるのである.

 

わたしがはじめて出逢った作品は1994年"君といた夏"という作品で、はじめて劇中の登場人物やシーン等を自分なりに解釈し選曲して、プレイリストを作った物語でもあるので思い入れがあり、夏になると麦わら帽子をかぶった朝美の後ろ姿が浮かんでくる.

 

今継続的に視聴している物語は北川悦吏子氏の脚本ではないが、年末に退職し来年から"お暇(いとま)"を頂く予定であるわたしにとって、劇中の登場人物の台詞は空気を読まずに胸にブワッと湧いてきて、あと三話でおしまいになってしまうのがさみしい気もしている.

 

26: 一の矢二の矢とんで四の矢

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比丘たちよ

まだわたしの教法を聞かないひとたちは、苦受にふれられると

憂え、疲れ、悲しみ、胸を搏って泣き、なすところを知らず

彼らは二種の受を感ずる

見に属する受と、心に属する受である

比丘たちよ

たとえば、第一の矢をもって射られども、さらに第二の矢をもって射られるがごとし

それとおなじく、比丘たちよ

すでにわたしの教法を聞いた弟子たちは

苦受にふれられるども、憂えす、疲れず、悲しまず、胸を搏ちて泣かず、

なすところを知らざるに至らず

 

(雑阿含経『箭経』第十七)

 

胸を貫いた一の矢は彼方へ消えていったはずなのですが、この胸に刺さったままで残る矢を一の矢の残像だと思っていたのは間違いだったようです. 二の矢は鈍った頭にゆっくりと毒を忍ばせて、気づいたらわたしの目を曇らせていました. 土曜の雨の日の雲を映し続けていた目に、あたたかい梅雨がきて「晴れ」たのはほんの少し前のことでした. 濡れた足元に滴る水はどうやら胸と四の矢の境目からのようです.

 

ある有識者や科学者たちの対談を拝聴したときに、「戦後の心労が重なった兵士たちが国へ帰るときに乗るのは船だったんです、それはほかの交通手段よりも長い時間を移動に費やす=こころを癒す時間の確保という理由もあるんですよ」と. ふと、休みの日になると単車にまたがって何時間も休憩を取らずに走り続けていたのは、これも「こころを癒す時間の確保」を無意識に行っていたのかもしれないな、と.

 

迷わずこの矢を、抜かねば.

25: deadline of emotions

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今も抱き続ける 胸の傷み 想い出が香るこの場所から

誰もない向かいの席 いつまでも 僕は独りで あなたを待ち続けてる

アンジュナ / The Gospellers

 

2年以上の時が過ぎようとしているこの着信履歴を消せないのは、年月とともに薄れていく"想い出の残り香"を偲んでいるからなのでしょうか. それとも未だ癒えず、ゆるやかに痕になってゆくこの傷口が痛むからなのでしょうか. わたしにもわからないのです. ただここにあるものといえば、液晶画面に映る日付と電話の発信者の名前だけ.

 

感情の期限、それを決められずに目の前でくすぶり、時には燃えて...

 

思い返す度浮き彫りになる過去に抱いた感情、それらとともにわたしはいつまでもあの人を待ち続けてしまう. それはこの感情の期限を過ぎるということが、まるであの人が"死んでしまう"ような気がするからかもしれません.